奥能登の農家民宿夫婦が手塩にかけた

超肉厚・特大シイタケ
「のと115」の異名は〝山アワビ〟

農産物 2017.1.1│01月号

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奥野弘吉さん・ふみえさん 石川県珠洲市

シンプルだから違いが際立つ

「お勧めはやっぱりシンプルに。バターで焼いてしょうゆをたらすか、塩をふるのが一番やね」

 

能登半島の突端、珠洲(すず)市三崎町でシイタケ栽培と農家民宿「しいたけ小屋 ひろ吉」を営む奥野弘吉さん(70歳)は、柔和な表情をさらにほころばせ、自慢の一品をふるまってくれた。
本日のお目当て、珠洲産のシイタケ「のと115」を使ったステーキだ。
まず驚かされたのは、そのサイズである。
スーパーで市販されるシイタケと比べると、明らかにふた回りは大きい。
聞くと、直径10センチ超えのものもあるという。
笠の中心部の厚みもぜんぜん違う。
3センチ以上はあるようだ。

 

その堂々とした姿からついた異名は、なんと“山アワビ”。
実際、のと115のステーキにナイフを入れ、割ってみると、その断面はアワビにそっくりだ。
しかし、失礼ながらこの時は少し大げさなネーミングだと感じていた。
大切なのは見た目よりも食感と味である。
大きくても、柔らかくて大味ならば意味がない。

 

「果たしてどうか」と、かぶりついた瞬間、ほんの数秒前までの自分自身を深く反省した。
歯ぐきを軽く押し返すようなフワッとした程よい弾力。
かむと里山の恵みを凝縮したようなシイタケのエキスがじゅわり。
口中に濃厚なうまみ成分がずんずん広がっていく。

 

「このシイタケを食べたくて、毎年のように民宿を訪れるお客さんもおるがや」

 

うん、うん、リピーターになる気持ちはよくわかる。

 

「埼玉から来た人は、シイタケ嫌いの奥さんに食べさせたら『のと115だけは大丈夫』となって、何年も送ったこともあったな」

 

確かに、確かに、シイタケ独特の青くささはなく、とっても食べやすい。
奥野さんの話に深くうなずきながら、一皿をたいらげる頃には、本物に負けず劣らずの山アワビにすっかり魅せられていた。

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肉も魚も顔負け。その味まさに主役級

ステーキだけではない。
テーブルには、農家民宿の料理長でもある奥様のふみえさんが腕をふるったシイタケ料理が次々と運ばれてきた。

 

例えば、甘酢あんをかけた中華風は、薄くスライスしてあってもオイスターソースなどの調味料に負けず、「おれを忘れるな」とばかりにしっかりと自己主張するのである。
天ぷらは地元の揚げ浜塩田でつくった、海のミネラルがつまった天然塩をひとつまみかけていただく。
サクッとした衣と肉厚なシイタケの食感の違いが、これまた絶妙だ。
スパイスの香りに誘われ皿に目をやると、ゴロッとしたぶつ切りシイタケがいっぱいのカレーライス。
こちらも食べ応え十分である。
普通なら捨てる軸の部分も、のと115ではごちそうになる。
石突きを落とし、手で縦に裂いて軽くソテーするだけで、お手軽な酒の肴ができ上がる。

 

「この間、大阪から来たお客さんは、袋いっぱいにあったのを、酒を飲みながら一晩で空っぽにしていったわいね」

 

奥野さんは民宿で出す手打ちそばのだしにも、のと115でつくる乾燥シイタケを使う。
敷地内にはピザ窯まであり、シイタケたっぷりのピザを焼くこともあるそうだ。

 

のと115のフルコースを堪能し、思い返すと料理の中には肉も魚も入っていなかったことに気づいた。
つまり「精進料理」だったわけだが、物足りなさはまったくない。
その味とボリュームに降参であった。
にもかかわらず、奥野さんはまだまだこんなものじゃないという目をしている。

 

「今日のは一足先に顔を出した走りや。旬は1月から3月。もっともっと大きく、おいしくなるんやわ」

 

シイタケといえば、どうしても脇役のイメージが強いが、のと115はまったくの別物といっていい。
1人で3役も4役もこなしながら、舞台となる皿の上で見事に主役の存在感を放っている。
歌舞伎にたとえれば、格の違う大名跡のような役者である。

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原木栽培は手が抜けない

もちろん、この主役を育て上げるのは、一朝一夕ではできない。

 

「仕事でも何でも同じこと。シイタケ栽培もちょっとでも手を抜くとだめになるんや」

 

流通するほとんどのシイタケが、おがくずや栄養剤などを混合した菌床で栽培されるなか、のと115はあくまでも原木栽培を徹底している。
菌床栽培が湿度や温度の一定した空調管理で効率よく大量生産できるのに対して、原木栽培は収穫量が安定せず、管理にかかる苦労は数知れない。

 

取材に訪れた日もそうだった。

 

奥野さんは自宅から軽トラックを2、3分走らせ、手入れの行き届いたスギ林の中の作業場に向かっていた。
そして、シイタケを育てる原木を次々と荷台に載せると、自宅横のビニルハウスに運び入れていく。
雪の降る冬場、原木1年目の若い木はビニルハウスに移した方がこまめに管理でき、よい出来になるからだ。
長さ約90センチの原木の重さは1本10キロほど。
なかには40キロ近いものもある。
作業場とビニルハウスを何度も往復し、積んでは下ろすを繰り返す。

 

作業を終えたビニルハウスをのぞくと、そこには約500本もの原木が5列になって整然と並んでいた。
この日1日の仕事ぶりを見ただけでも、苦労のほどがよくわかる。

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温度、湿度、日射のすべてを計算

のと115栽培は、原木そのものを準備することから始まる。
原木は森林組合などからも調達でき、奥野さんも近年は購入することが増えたが、かつては里山に分け入り、栽培に適した樹齢20〜25年ほどのコナラを自ら探すことが多かった。

 

紅葉を始めた10月後半から11月上旬にかけて伐採し、枝葉をそのままに1カ月ほど乾燥させる。
その後、枝を落として栽培用のサイズに玉切りし、自宅に持ち帰って12月下旬から原木に菌を植え込んでいく。
春になったら再び作業場に移し、1カ月ほど地面に敷き詰め、5〜6月になれば「井形」になるように原木を2、3段、積み上げる。

 

そのまま夏と秋を越し、冬の足音が迫る11月下旬から12月上旬にビニルハウスへと運ぶ。
原木1年目の木は特に手間がかかり、木に含まれる水分量を絶妙なバランスに保つ必要がある。

 

「水分は少な過ぎても、多過ぎてもうまくいかん。温度や湿度、日射の割合など、きめ細かな管理がいるなんや」

 

生育に最適な環境を整えるため、冬場、奥野さんはビニルハウス内の温度が13度以下になるよう気を配り、原木を置く場所によって寒冷紗でさえぎる日差しの割合まで微妙に変えている。
夕方、原木全体が湿るように散水するのも欠かせない日課だ。

“箱”入りならぬ“袋”入り娘

こうして丹精して、丹精して、のと115はようやく原木から顔をのぞかせる。
けれども、これでひと安心とはいかない。
笠が500円玉くらいの大きさになったら、形と色を良くするために、手作業で一つひとつにビニル袋をかけていく。
“箱”入りならぬ“袋”入り娘として、のと115は手塩にかけて育てられるのである。

 

「収穫の頃合いも難しいんや。笠の端がくるりと巻いている方が見た目も味もいいんやけど、朝見たときは大丈夫でも夕方になると開いてしまうことがしょっちゅうある」

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しかも、これは収穫1年目までの話。
原木1本につき5年ほどシイタケが出るが、年数によって管理の仕方が異なるのだそうだ。
例えば、2年目以降の原木シイタケは、年間を通して露地栽培にする。
栄養分が減った3年目以降は、秋になるといったん地面に寝かせ、その上にうっすらと雪が積もるのを待つ。

 

そして、1月に雪が解けたタイミングを見計らって、一気に木を立てかけていく。
状態を見ては、水分が染み込みやすいよう、原木の断面に鉈で切り込みを入れることもある。
重ねた原木が何列にも連なる作業場のスギ林には、冬場、南西からの強風に備えた防風ネットが張られている。
気候や温度、湿度、風の向き。
奥能登の風土を知り尽くしているからこそできる栽培といえるだろう。
そんな奥野さんをもってしても、まだまだ思い通りに進まないことが少なくない。

 

「わからんことばっかりや。1年目はあまりよくなかった木から2年目にたくさん取れることもあれば、その逆もある。だから、シイタケ栽培は面白いげんけどね」

青年団の活動資金づくりがきっかけ

シイタケづくりに心血を注いで実に47年。
奥野さんが栽培を始めたきっかけは、ささいなことだった。

 

「23歳ぐらいの時やったかな。町の青年団の活動資金を稼ぐために、みんなでシイタケ栽培を始めたんや」

 

奥能登は気温や湿度など、シイタケの生育に適した環境がそろっている。
このため、珠洲市では古くから栽培が盛んで、当時は一般家庭でも20〜30本ほどの原木を持ち、自家用に育てることも珍しくなかった。
平日は食品配送の仕事をしていた奥野さんも、身近なシイタケならば週末を利用してできると考え、地元の名人に教えてもらいながら青年団の仲間と栽培をスタートした。

 

「若かったから重労働もなんのその。15人ほどで、わいわい言いながら山に入って作業するのが楽しみやった」

 

ただ、その頃に栽培していたのは「のと115」ではなく、「241」という別の乾燥用シイタケだった。
ちなみに、115や241とは菌の種類に付けられた番号であり、「のと115」は、珠洲市・輪島市・穴水町・能登町の奥能登2市2町で進めるシイタケのブランド化に合わせた呼び名である。
なかでも、笠の直径が8センチ、厚みが3センチ、巻き込みが1センチ以上などの規格を満たしたものは「のとてまり」の名称で出荷しており、市場では国産マツタケを超える価格で流通することも珍しくない。

 

この115が開発されたのは、1980年代半ばのことだ。

 

「20年ほど前、近くの集落でこの大きなシイタケをつくっているという新聞記事を見た。その頃には、勤めのかたわら仲間2人と大規模な作業場を借りてシイタケ栽培も本格化させていて、自分も新しい品種に挑戦することにしたんや」

 

以来、なんとも気難しいシイタケとの悪戦苦闘の日々が始まった。

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大分で農家民宿体験し自分も開業

試行錯誤を繰り返し、「のと115」と向き合う中で、軽い気持ちで始めたシイタケ栽培はいつしか、全身全霊を傾ける生業に変わっていった。
だからこそ、2003年に開業した農家民宿に「しいたけ小屋 ひろ吉」と名付けたのも自然な流れであり、メイン食材として宿泊客にふるまおうと、「のと115」の栽培にもいっそう拍車がかかった。

 

ひろ吉では、客が原木に菌を埋め込むなどのシイタケ栽培はもちろん、珠洲焼を製作したり、釣りをしたり、海水浴をしたりと、里山里海をフィールドに多彩な体験ができ、家族連れや学生、カップルなどでにぎわっている。
農家民宿の経営を思い立ったのは奥様のふみえさんで、その契機となったのが市主催の視察だった。
行き先は大分県宇佐市安心院町(あじむまち)の農家民宿。

 

「囲炉裏端で自ら踏んでコシを出したうどんを、釜揚げにして食べたのが本当においしくて。いろんなところに旅行に行ったけど、その味だけは今でも忘れられん」

 

地元の人と触れ合い、のんびりとした九州の農村で過ごした時間に心打たれ、視察から戻ったふみえさんの目には、当たり前だった周りの景色が違って見えたという。
自宅から10分も歩けば、海にも山にも行ける。
食べ物はおいしいし、自然体験できる場もたくさんある。
足元に、どこにも負けない魅力があふれていた。
視察から3カ月後には、ふみえさんは開業に向けた行動を始め、わずか8カ月後には必要な書類や手続きを済ませ、ひろ吉をオープンさせた。

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育てる喜び、食べてもらう幸せを実感

それから15年、奥野家では、夫婦2人の暮らしに宿泊客の笑い声が混じるのが日常になっている。
知らず知らずのうちに、奥野さんにも変化が表れているようだ。

 

「この人、もともとはこんなにしゃべる人じゃなかってん。お客さんからお勧めの釣りのポイントやシイタケなどいろんなことを聞かれ、次第に話すようになってんわ。今では『もう、やめとかし』と止めることもあるほどしゃべり過ぎるんよ」

 

まあるい響きの珠洲弁のふみえさんからこう指摘され、奥野さんは少し照れながら教えてくれた。

 

「農家はみんなそうやけど、やっぱり育てる作物ができた時はうれしいもんや。しかも、農家民宿を始めてからは、自分の育てたシイタケをおいしそうに食べてくれる人の笑顔も目の前で見られる。本当にありがたいことや」

 

仲むつまじく、温かな優しさに包まれた奥野さん夫婦を見ていると、不思議と納得できることがある。
愛情いっぱいの2人の近くで育つから、シイタケもあんなに大きく、とびきりおいしくなるということに。

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記者プロフィール

大廣 涼

大廣 涼

おおひろ・りょう 大学卒業後、金沢、東京で展開する編集プロダクション「ライターハウス」に入社。休日は息子と一緒にサッカー観戦や公園などに出かける。

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